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インノケンティウス5世 (ローマ教皇) : ウィキペディア日本語版 | インノケンティウス5世 (ローマ教皇)[いんのけんてぃうす5せい]
インノケンティウス5世(Innocentius V,1225年 - 1276年6月22日)はローマ教皇(在位:1276年)。本名はピエール・ド・タランテーズ(Pierre de Tarentaise)。ドミニコ会出身で初の教皇である。 説教師として名を馳せ、ローマ教皇庁で順調に出世、グレゴリウス10世没後のコンクラーヴェで教皇に選ばれた。しかし、東ローマ帝国皇帝ミカエル8世パレオロゴスに強圧的な態度を取った為、東西教会の合同を危うくした。背景にシチリア王シャルル・ダンジューの存在があったとされる。 就任から僅か半年で死去、後任にハドリアヌス5世が選出された。後に列福された。
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